直木賞受賞作『蜜蜂と遠雷』恩田陸さんとラファウ・ブレハッチの対談

遅ればせながら恩田陸『蜜蜂と遠雷』(直木賞 & 本屋大賞 受賞)を読了しました。この小説は「芳ヶ江国際ピアノコンクール」を舞台に描かれ、国際ピアノコンクールに挑むピアニストたちが音楽に向き合う姿、コンクールに参加する中で揺れる心の葛藤や機微が、豊潤な言葉で綴られています。

この本を読み始めた時には、浜松国際コンクールがモデルだとは知らないまま読み進めていましたが、日本人のコンテスタントが多いあたり、何となくもしかしたら!?と感じていました。そんな中、2017年11月13日号のAERAにタイミングよく「心から湧き出るショパン – ブレハッチ×恩田陸『蜜蜂と遠雷』対談」という特集が組まれていたので、心を弾ませて読みました。ラファウ・ブレハッチ来日中に対談されたんですね。

AERA11/13号(p34-35)によれば、恩田さんは浜松国際ピアノコンクールに何度も足を運ばれ、そうした中、素晴らしいコンテスタントであり最高位(優勝者なしの第2位)を獲得された2005年ショパン国際ピアノコンクールの優勝者ブレハッチのことを耳にしたことが執筆のきっかけとなったそうです。浜松国際ピアノコンクールは昨年ご逝去されたピアニスト中村紘子さんが第3回より審査委員長を務められていたことでも知られる世界的なコンクールです。

『蜜蜂と遠雷』は音楽の世界で生きていくピアニストが、登竜門として避けることのできないコンクールに向き合う姿が精緻に描かれています。それにしても音楽を言葉で表現するのはなんて難しいのでしょう。それを恩田さんはいとも自然に言葉を巧みに操り、音楽の世界へと読者を誘ってくれます。コンテスタント同士が友人であると同時にライバルでもある中、互いの音楽を聴きインスピレーションを得て、刺激を受けながら自らの音楽も高めていくその過程。コンクールを通じてコンテスタントの精神力が向上し、人間性まで高められていくという理想的な在り方。コンクールがこのように人としての成長を促す機会であるならば、チャレンジすることを躊躇う理由は何もないでしょう。

音楽用語や曲に対する予備知識があれば、より深く理解できるのでしょうけれど、そうでなくても音楽好きな人には十分楽しめる作品です。

恩田さんの詳しいバックグラウンドはわかりかねますが、恐らく音楽を心から愛し、ご自身も音楽の分野に進めるくらいの実力をお持ちなのではないでしょうか。これほどまで専門的な領域に踏み込んだ内容を描ける恩田さんに感服しました。と同時に、この作品が直木賞と本屋大賞を同時受賞し、ベストセラーとなっているということは、すなわち、ピアノあるいは音楽の素養がある人、クラシック音楽を愛する人がとても多いことを意味するのではないでしょうか。そのことに大変驚きましたし、嬉しく思いました。

私は音楽を聴くことは好きなのですが、専門的な素養がないのが残念です。また、音楽雑誌を読んでも感じることですが、音楽評論家の音楽を表現する語彙が豊かなことに感嘆するばかりです。やはり言葉は読書によって地道に積み重ねるしかないのかなと思う今日この頃。「日の名残り」(カズオ・イシグロ著)の執事も語彙を増やして表現力を高めるために小説を読んでいたということですし…。

『蜜蜂と遠雷』で主人公たちが予選から本選まで演奏した曲を収録したCDがいくつか出ているようです。AERAの誌上でも紹介されていたCD「蜜蜂と遠雷 その音楽と世界」では、演奏はショパンコンクールの覇者ら名ピアニストの演奏で楽しめます。ポリーニ、アルゲリッチ、アシュケナージ、ツィメルマン、内田光子などの名ピアニストの演奏による豪華版です。ブレハッチの演奏によるドビュッシー作曲「喜びの島」も収録されています。『蜜蜂と遠雷』ピアノ全集[完全盤]では、キーシンやグレン・グールド、ルービンシュタイン、リリー・クラウス、ランランら名ピアニストによる演奏で、どちらにしようか本当に迷ってしまいます。天才キーシンの演奏にも心惹かれる私。究極の選択ではなく両方という選択もあるよねと思い始めた私です。今度はCDから流れる音楽の世界に浸りながら読み返してみたいなと思っています。

最後にブレハッチが演奏について語った印象的な言葉をメモしておきます。

結局のところ、究極の理想に近づいていく過程こそが美しいのであって、生きている間はその理想にはたどり着けないのではないでしょうか。

ブレハッチは哲学の中でも音楽と関わる美学に興味があり、哲学での博士論文を仕上げたところだそうです。どんな分野であれ一流と称される人の生き方には感銘を受けますね。

※敬称略
 


蜜蜂と遠雷


蜜蜂と遠雷 その音楽と世界


『蜜蜂と遠雷』ピアノ全集[完全盤]